今になって思うこと[社会人3年目]

こんにちは。ぬんです。

私事で恐縮ですが、というかこのブログ自体そもそも私事しか書いてませんが、コロナになりました。

あんなにも憎きコロナ、ここまできたらもう罹ることはない、わたしは多分コロナにならない家系なんですよーと周囲にふれて回っていたあの頃の自分をたしなめたい。

なんか3年ぶりだと余計なことをつらつら書いてしまいますね。

 

コロナになって少し時間ができて、ふと思い出してはてなブログを開いてみたら、3年前の自分の文章がそのまま残っていてなんだか少し感動しました。

 

そして、少しだけ胸がチクっとしました。

 

 

あれから3年が経ち、わたしは地元に戻って就職しました。

今は社会人3年目として経理をしています。

正直大学では経理とはほぼ関係ないことを学んでいたので、0からのスタートではありましたが、なんとか毎日頑張っています。

 

韓国語の勉強ももちろん続けています。

昨年の7月にはTOPIKを受験し、5級を獲得することができました。正直4級に受かっていれば御の字という気持ちだったので、本当に嬉しかったです。

 

今年の5月には、念願の韓国旅行にも行ってきました。

3年前、あれだけ行きたいと願ってもいけなかった韓国だったので、正直今回も「飛行機が飛ばないんじゃないか」「入国審査で弾かれないだろうか」なんて本気で不安に思っていました。

そんな不安はなんだったのか、楽しい5日間を過ごすことが出来ました。

現地では韓国の方と韓国語でのやり取りもでき、勉強を続けてきて良かったと感じた一方で、未熟さに直面することもあり、今後の韓国語学習へのモチベーションにも繋がりました。

 

そんなこんなで、今の生活にもすっかり満足して、正直留学を諦めた頃の気持ちなんてすっかり忘れていました。

 

入社をしてすぐの頃は、会社を辞めて留学をしようだとか、転職して韓国で働こうだとか色んなことを考えていましたが、今はここでの生活をもっと楽しみたいとそういう気持ちに変わっています。

 

3年前の文章を読んで、やっぱり時間というものは本当に偉大で、あんなに苦しんだこともこんな風に一つの思い出、経験として消化することができるようになるのだと改めて感じました。

 

あの時、他の人と少しだけ違う方向に進んでみようとした私は、もしかするともう今の私の中にはいないのかもしれません。

でも、あの時、やってみようと思ったことに素直に向かって行けたという経験は私の中でとても大切な大切な思い出になっています。

 

ただ、今になって過去の自分の文章を読んで思うのは、やっぱり逃げでしかなかった選択だったのかもしれないな、ということです。

自分を否定する訳ではないですし、そもそも自分自身当時から逃げであることは自覚をしていましたが、韓国語はいつでも、私にとって苦しい場所からの逃げ場だったのかなと思うんです。

 

就活、入社後のしんどい毎日、そんな苦しい場所から、韓国語なら私を連れ出してくれるんじゃないかと思っていたのだと思います。

他の国の言葉を話している時ってなんだか別人になれた気がするからかもしれないです。

 

でも、もうそれも終わりにしよう。

好きなことを、目の前をのことを逃げるための言い訳に使うのはすごく悲しいことだと思うからです。

 

今、社会人3年目になり、本当に毎日が辛いです。もちろん楽しいこともたくさんありますが、自分にできないこと、自分の弱いところ、自分が持っている悪い癖、全てに直面し、絶望する毎日です。

それでも毎日、MBCから流れる韓国の朝のラジオを聴きながら通勤していると、今日も頑張ろうと思えるんです。

 

目の前の苦しみからの逃げ場としてしか利用できていなかった韓国語が、私が目の前のことを頑張るための支えに変わったのかもしれません。

 

色んなことがあったけど、そして、あの時、色んなことを経験できなかったけれど、だからこそ今の私があるんだと思います。

 

体調もだいぶ良くなってきたので、明日から仕事も再開です。

明日もラジオを聴いて頑張ろう。

そんなことを思った1日でした。

 

このブログどうしようかな、、、

 

ぬん

 

 

 

社会人になる直前に、過去を振り返ってみる

※これは2021年3月に下書きにしていた文章です。供養します

 

 

こんにちは。ぬんです。

誰もみていないブログを、気まぐれに更新しています。

 

今日は3月24日。

もう日付変わってるけど。

 

今日はなんと、大学の卒業式でした。

コロナの所為で地方の実家に帰っているので、式に参加することはできませんでした。

行きたいなーと思っていたけど、引っ越しやらなにやらで、袴も予約していないし、コロナもまだまだ油断できないし、ということで行かないことにしました。

やっぱり式典にでたら、卒業!って実感が湧いたのだろうけど、わたしはもう少し学生気分が抜けないみたいです。

 

でも、わたしはもう学生でも、就活生でもなく、1週間後にはスーツを着て働き始める社会人になります。

 

社会人になる前に、もう一度だけこれまでを振り返ってみようと思い、この自己満ブログを更新してみたというわけです。

 

最近、一つ下の学年の友人や後輩が就活生として動き始めている様子を見て、一年前のことをよく思い出します。

留学を諦めて、就活をはじめたばかりの私は、毎日毎日泣いて泣いて泣いて、就活をやらなくてもいい理由を探して、それでも色んな人の力を借りて、前に進もうと必死でした。

 

あの時の私が生きていられたのは、両親の存在と、側で話を聞いてくれた友人がいてくれたからだと強く思います。

 

正直このまま死ねた方が楽だと毎日考えていたし、夜になれば布団の中で明日目が覚めないことを祈っていたし。

それでもなんとか自分と向き合って、やりたいことを捻り出して、運良くそれに近いことを成し遂げられる会社と出会えたわけです。

 

でも、今の私はまだまだ甘いんだろうなと思っています。

 

就活ハイの中で見つけた「やりたいこと」が本当に本当にやりたいことなのか、怖い人に胸ぐら掴まれて問い詰められたらそうですって答えられないような。。

 

内定先にはある程度夢を持っているけど、やっぱり理想と現実の差はあるだろうし。

 

あーあ。こえーな。

 

そんなことを毎日考えていたら、ストレスで急性胃炎になり、急遽胃カメラ飲みました。

 

 

 

 

 

今になって思うこと

 

こんにちは。

ぬんです。

 

カレンダー上ではもう7月も終わるのに、雨の日が続いていてまだまだ夏は来ない感じ

 

最近少し思うようになったことを残しておきます。

 

ちょうど一年前の7月11日。

新橋の焼肉屋で留学を決意し、それから色んなことがありました。

 

就活から逃げるようにはじめた留学への挑戦は、コロナというヤバいウイルスのせいで頓挫しました。

 

誰のせいでもない、わたしの努力が足りなかったわけでもない、ただタイミングが合わなかっただけで、一つの夢を諦めることになった経験は一生忘れることは無いと思います。

 

毎日泣いたし、親に八つ当たりもしてしまったし、苦しかったし、悔しかったし、心の中にどうしようもない怒りと悲しみしかない時間を過ごしてきました。

 

就活をすぐに始めることになって、その苦しい気持ちはもっともっと大きくなって、でもなんとか必死に、死なずに生きてきました。

 

毎日毎日、明日が来るのが怖かったし、ベッドに入っても焦燥感で眠ることもできないし、このまま目が覚めなければいいと祈りながら日々を過ごしていました。

 

内定をもらえなかったらどうしよう。でも、内定をもらったら、本当に留学は諦めることになる。わたしはなにを目指して生きてるんだろう?

 

そんなことを思っていました。

 

でも、やるしかない、今わたしにできるのは目の前にある就職活動に必死に向き合うことだけだ

そう自分を奮い立たせて、不安をなかったことにしました。

 

何度も心が折れて、くるしくて、逃げたくて仕方なかった

でも、なんとか内定をもらうことができました。

 

内定をもらっても、不安ばかりの毎日でした。

 

人生が決まってしまったような気がして、未来が誰かに決められてしまったような気がして、期待なんて持つことができなかった

 

留学をしたい気持ちは残っているし、三月の頃を思い出すと涙が出る

悔しくて悲しくてしんでしまいたくなる

 

あんなにほしかった、いや、ならなければならないと思っていた内定者という立場になっても、虚しさばかりがありました。

 

就活自体、手は抜いてない

必死にやった、がんばった、結果も出た

なのに、喜んでいない自分がいる

 

その矛盾もキツかった

 

ずっとずっと地獄みたいだった

 

留学を決意して一年

諦めて4ヶ月

 

幸せだったし、つらかったし、地獄だった

 

 

だけど、最近、思うようになってきました。

 

あのとき留学を行かないという選択をした自分を認めてあげてもいいんじゃないのかな

 

頑張ったことも、苦しんだことも全部受け止めて、受け入れてあげてもいいんじゃないのかな

 

なんだか言葉にするのが難しいけど、苦しんだ自分も頑張ってきた自分も、その経験も全部全部受け止めて、消化ができるようになってきたんです。

 

乗り越えたのではなく、受け入れた

 

この表現がしっくりくる。

 

三月を思い出すたびに涙が出ていた自分とは、もうお別れをする時が来たのかなあ

 

少しだけ寂しさもあるけど、経験を糧にするって、こういうことなのかな

 

そう思うようになってきたこの頃でした

 

 

はぁ、クソみてえな文章だな

 

下書きもなにもせずに書いたから仕方ないな

 

またいつかちゃんとまとめてみよう

 

ぬん

 

 

 

 

 

留学をやめて、就活をはじめた。

 

こんにちは。ぬんです。

 

前回、めちゃくちゃ長きにわたって留学をやめることについて書かせていただいたのですが、

 

あれから私は悩みに悩んだ結果、復学して、就職活動をはじめることにしました。

 

元々、2020年4月から四年生になるはずだったのを休学しようとしていたので、復学すれば普通に就活生になってしまうんですよね。

 

でも、私はそれまで一切留学の準備以外のことをしてきていなかったので、すごくすごく悩んだわけです。

 

休学届はもう出しちゃっていたので、このまま一年休んで何か出来ることをやろうかなと考えたり、留学が出来ないなら復学して就活生になろうかなと考えたり。

(そんな簡単になれるわけない)

 

だけどこの時点で既に3月上旬。

 

一般的に就活って四年生になる直前の3月1日から解禁されるので、まあまあ出遅れていた訳です。

 

なんなら夏や秋冬からインターンをして早期選考を受けている学生もたくさんいるし、3月1日ちょうどから始めるって人すら少ないんじゃないでしょうか。

 

就活を始めるとなると、ここがネックでした。

 

既に出遅れているし、コロナで経済はヤバイ。

こんな中で始めたとして、うまくいくわけがない。

 

そもそも留学出来なかったことを1ミリも乗り越えていないのに就活にシフトなんて出来るわけないし。

 

正直私の中では、復学する選択肢はゼロでした。

(まあ元々留学自体、就活がしたくなくてやろうと思った部分もあったりしたし。。。)

 

ではなぜ結局就活を始めることにしたのか。

 

復学するつもりなんてさらさら無かったんですが、やっぱり色んな選択肢を考えなくちゃいけないとは思っていました。

 

わたしが復学をしたくなかった理由は大きく二つ。

一つ目は、少しでも留学できるかもしれない可能性を捨てたくなかったから。

休学して時間さえ作っておけば、状況によってはいけるようになるかもしれなあと思っていたからです。

 

そして二つ目は、就活したくなかったから。

まあ、普通に嫌ですよ。

留学準備をしている段階で、周りの友人は就活を始めていたし、その準備がどれだけ大変なのかも分かっていました。

今、1からスタートしたとして、そうやってこれまで就活に向けて準備をしてきた人たちに太刀打ちできるわけないと思っていたからです。

 

こんなことを考えながら、

絶対復学なんか(就活なんか)するもんか!バーカ!

みたいな気持ちで毎日泣きながら過ごしていました。

 

そんな日を数日過ごしているとき、留学放棄でメンタルをやられた私を心配してくれたゼミの友達と会う機会がありました。

 

私はいつも悩んだら友達に相談します。

一人で考えていても、何にもいいことはないからです。

 

この時も集まってくれた友人たちに、ひと通りこれまでの事を話し、今後どうすればいいのか少しだけ悩んでいることを伝えました。

(就活はしたくないという意思は強調しつつ)

 

話を聞いてもらい、色んな意見をもらう中で、ひとつ分かったことがありました。

 

私が留学を諦めた理由の一つ。

家族を心配させることが辛いからというものです。実は、この理由にはもう少しややこしいことがありました。

私の父は、コロナの影響を強く受けてしまう(かもしれない)仕事をしています。

そのため、今後のコロナの動き次第では、私自身も大学に通い続けられるかどうかなど、かなり家計的にシビアな不安がありました。

 

その上で留学なんてしたら。。

 

そんな事を思って留学を辞めたという経緯があったので、もしこのまま留学は行かないにしても、休学をしてしまうと同じことになるんじゃないか?と思ったわけです。

 

わたしは上京して一人暮らしをしているので、休学をしていても部屋はそのままだし、生活費はかかるし、金銭的な負担は大きなものになります。

(部屋を解約するという方法もありますが、この時点で既に更新料を払っており、一度地元に帰るための引越し料金や、一年後復学した時の引越し料金などを考えると、あまり負担は変わらない計算になりました。)

 

そこで、またわたしは悩みはじめました。

どこまで家族に自分の決断を左右されるんだと思われる方もいらっしゃると思いますが、それだけ自分の中では家族は大きな存在なんだと思います。自覚はしてないですが。

 

だけど、どう考えても、就活はしたくない。

だって絶対無理だもん。

行きたいとこ行けるわけないもん。(そもそも行きたいとこもない)

 

でも、休学して、なにする??

結局留学にも行けず、なにもせずに親に負担だけをかけてニートをするのか?

一年後、そのまま就活をはじめても、むしろ辛いことになるんじゃないだろうか

 

留学を諦めるかどうかでも死ぬほど悩んだのに、またここで悩むのかと、とても辛かったです。

 

でも、何度も考えて、最後に私が就活を選んだのには、

ここで休学を選ぶことは、あれだけ苦しみながら決めた留学断念を無駄にすることになるんじゃないだろうかという気持ちが大きく影響したのだと思います。

 

家族に負担をかけたくないという思いを大切にした上でした決断を、無駄にするわけにはいかないと思ったわけです。

 

そこで、

自分が復学したくなかった二つの理由を考えてみることにしました。

 

一つ目の留学の可能性にかけたいからというもの。

休学をせずにその可能性を生かし続けることはできるのだろうか。

考えた末に出した結論は、春学期中に残りの単位を取得し、就活も終わらせた上で、秋から半年間留学にいくというものでした。

(コロナが想像以上に蔓延し、この選択肢がもはや不可能になってしまったという現実は一旦ここではお忘れください。)

春学期のうちに卒業単位さえ取っていれば、学校に行かなくても良くなるため、この方法なら可能性を捨てなくても良いということに気づいたのです。

これで一つ目の理由は解決しました。

 

続いて二つ目。

シンプルに就活したくない。というもの。

これはかなり解決が難しいものでした。

だってしたくないんですからね。

でも、今からでも遅いかもしれないけれど、遅すぎるわけではないと考え、必死に取り組めばきっとうまくいくだろう。

そんな風に前向きに捉えることで、がんばろうと思うようにしました。

 

でも、結局一番は、自分の留学を諦めた気持ちを無駄にしたくないという思いが強かったのかもしれません。

 

そんな感じで、わたしは就活をはじめることにしました。

ちなみにこの時点で3月5日。

みなさんが思っているよりは、早いなという印象を持たれたのではないでしょうか

 

わからないけど。

 

まあこのスピード感も後々自分を救い、苦しめまくる要素になってきます。

 

書いてて思ったけど、わたしはいつも納得して何かを決めているというよりは、決めた後にその決断を納得させようと努力しているんですね。

 

良いこととは思えないですが、それでも、頑張ってきたことは間違いないので、いいのかな、

わからないです。

 

はぁ、

努力はしているんですが、また稚拙な文章を生み出してしまいました。

ここまで我慢して読んでくださって、ありがとうございました。

 

就活をはじめることにしたわたしは、この後一週間で4キロ体重を落とし、文字通り身を削ってもがくことになります。

 

そのお話もまた勝手にしていこうと思っておりますので、時間があれば覗きに来てください。

 

では!

 

ぬん。

留学を諦めた理由(3)

 

こんにちは。ぬんです。

 

またまた前回に引き続き、今回の留学を諦めた経緯についてお話します。

 

 

母の気持ちを聞いて、自分の中でどうにかして答えを出そうとして何にも分からなくなった後、高校時代の友人2人と最後に会う機会がありました。

 

本来なら、留学直前、最後に会うために決めた約束でしたが、留学そのものが危うくなった今、どんな顔をして会えばいいのか、今の状況をどう伝えればいいのか、また分からなくなっていました。

 

でも、私のことをずっと見てきてくれて、理解してくれている友人に相談することで、少しだけ正解に近づけるんじゃないかとも思いました。

 

会って、今の自分の気持ちや両親の気持ち、状況などを全て話しました。
(号泣しながら笑)


1人は「自分なら行く」、もう1人は「行かない」

自分の人生だから、行きたいと思うなら行く。
親に心配かけたくないという気持ちもあるけど、それでも自分の中に行きたいという気持ちがあるのなら行くことを選ぶ

 

親子はどんなに切っても切れない関係であることは間違いないし、家族のことを考えていかないという選択をすることも間違ってはない

行かないのなら、その時間に自分にしかできないことをして、就活にも生かす

 

2人の意見は正反対に見えて、同じことのようにも思えました。

どちらを選択してたとしても、それは何も間違ってることではない。そういう風に言ってくれてるようにも感じて、気持ちが少し楽になりました。

そして、きっと私がどんな選択をしても応援してくれるということは間違いないと実感して、もちろんそこで答えが出せたわけではなかったけど、でも、本当にすごく前に進めたような気がしました。

 

2人と別れて、正直私の心の中は行きたいという気持ちが勝っていました。

もう帰ったらお母さんに「それでも私は行きたい」と言おう

そう(ほんのりと)決めて、家路につきました。

 

でも、家に帰る直前、

「なんて話せば良いんだろう」

「行くって言うということは親を突き放すことになるのかな」

そんなことも思って、また不安になってしまいました。

 

「行かない」って言えたらどんなに楽なんだろう

行ったらきっと家族のことを考えて後悔する

行ってもきっと、家族のことが気にかかって、楽しいとは思えないんじゃないか

それって意味あるのかな

でも、ずっとずっと夢見てきた留学が、目の前まで来ているのに、諦めるなんて言いたくない

行かなかったら、わたしは何をすればいいの?

 

色んな不安が頭を巡って、辛くて、結局答えなんて出ないまま、家に帰りました。

 

だけど、正直、この時にはもう分かっていました。

わたしは留学には行かない。

行くことはできないんだな。

 

家族に辛い思いをさせてまで、自分の意見を通すなんてことは出来ない。

自分の性格的に、必ず後悔するということがわかっていたからです。

 

心の中でわかっていても、どうしても口に出すことができなかった。

行かないと口にすることが、今日までの自分の全てを否定するみたいで、辛くて言えませんでした。

 

だけど、言うしかなかった。

 

次の日、泣きながら母に行かないと伝えました。

 

あの時の悔しさや悲しみは、今でも忘れることができません。

だけど、どんなに時間を巻き戻したとしても、私はやっぱり行かなかったと思います。

そうすることしか自分にはできなかったと思います。

 

だから、これで良かったと、思っています。

そう思うしかありません。

 

留学を諦めて、3ヶ月が経ちました。

あれから、本当に色んなことがありました。

こんなに苦しいならもう生きることをやめたい、そう思って毎日死ぬことしか考えられなくなったこともありました。

 

でも、それでも、自分が留学のために頑張ってきたこと、一つの夢に向かって必死で向き合ったことは、私の中で大切な経験として、残っていくと思います。

 

頑張ったことは絶対に無駄じゃないと思います。

分かってるけど、納得はしていません。

 

無駄じゃないなら、何になるんだろう

結局行けてないのに、何が無駄じゃないんだ

 

正直そんな気持ちもあります。

 

無駄じゃなかったと言えるのはもう少し後になるのかな

 

題名的には「留学を諦めた理由」ということなので、今回の記事はこれで終わります。

 

諦めてからの3ヶ月間、また、少しずつ書いていこうと思います。

 

ここまで拙い文章を読んでくださって、ありがとうございました。

まだまだ冷静に書くことができなくて、読みにくくて分かりにくかったとおもいます。

少しずつ改善していきます。。

 

では!

 

ぬん。

 

 

 

 

 

 

留学を諦めた理由(2)

 

こんにちは

ぬんです

 

 前回の記事に引き続き、今回私が留学を断念するに至った経緯をおはなしします。

 

前回の記事はこちら↓

nunsaram.hatenablog.com

 

渡航禁止にならない限り留学に行こうと覚悟して東京に戻った私でしたが、それでもまだ心の中に「諦める」という選択肢は残っていました。

(もはやそれは覚悟したとはいえない気がする笑)

 

毎日感染者数は増えていくし、帰省の時に感じた両親の気持ちなどを考えると、「行きたいから行く」そう単純に決めることは出来ませんでした。

しかし、そんな気持ちを打ち消すかのようにスーツケースに荷物を詰め、留学前最後に会う予定だった友達に別れを告げ、準備をすることで現実から目をそらそうとしていました。

 

渡航日は3月2日の予定だったので、2月末から最後の準備を済ませるために母が東京にやってきました。

 

しかし、東京にきて丸一日経っても、私が準備したスーツケースを開こうとしない母に、少し苛立ちながら、準備しようと声をかけました。

 

母は泣きながら

今まで準備してきた様子を見てきているから、行かせてあげたい。でも、今のこの状況で送り出すことが出来ない

と、話してくれました。

 

 

私が留学を決めた7ヶ月前、両親は私の留学に反対でした。

そのときは日韓関係が過去最悪といわれている時だったので、「留学に行くことはかまわないけど、わざわざ今のこの時期に韓国に行くなんて許可できない」という事が理由でした。

両親を説得するために、なぜ私が留学をしたいのか、なぜ韓国でなければならないのか、ということをしっかりと話し合い、「金銭的に足りない分は援助するが、それ以外は出来るだけお金を貯め、準備は自分で頑張りなさい」ということを条件に認めてもらえることになりました。

 

その後、昨日留学を諦める直前まで、私はほとんど一人で準備を進めました。

月の貯金額を決め、90万円を貯めました。

その様子を見て、両親も徐々に心から韓国留学を応援してくれるようになっていました。

 

だからこそ、母も「行くな」とはいえなかったのだと思います。

でも、今の状況では笑顔で送り出せない。

母の気持ちを聞いて、また私の中でまた迷いがうまれました。

(その前から迷ってはいたけど)

 

これまでの準備を無駄にしたくない

今まで自分には出来ないだろうと思って挑戦すらしなかった留学がもう目の前まで来ているのに

これでいけなかったら私はまた「出来なかった人」になるんじゃないか

行かなかったらきっと一生後悔し続ける

だけど、ここまで両親に心配をかけてまで自分の思いだけを押し通して、私は後悔しないのか

今行ったとしても本当に楽しめるのか

勉強に集中なんて出来るんだろうか

 

両親が心配しているということ以外にも、あまりにも個人的なことになるのでここに書くことは出来ませんが、他にも色々な不安がありました。

とにかく、色々なことが重なって、行かないという選択肢がどんどん大きくなっていきました。

 

でも、行きたい

 

最後はどうしてもその気持ちになりました。

本当にどうすればいいのか分からなくて、何も考えられなくなりました。

 

ただ、そのときに一つだけ決めたことがありました。

 

どんな決断をするとしても、誰かのせいには絶対にしない。

どんなことになっても、自分で責任を持って決める。

 

そうじゃないともっと後悔すると思ったからです。

ここまで必死に頑張ってきたのは自分自身なのだから、誰かのせいにしても絶対に納得なんて出来ない。

それなら自分で決めようと決めました。

(なんか変な文章になった)

 

その日は夜から最後に友達と会ってお別れする約束をしていました。

 

少し落ち着いて友達に相談して、また考えよう

そう思って一度母と別れて友達に会いに行きました。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

きゃー

めっちゃ長くなる、、、

許してください、、

 

これを書いてると、まだ行きたいし諦めきれてなんかいないし、正直死ぬほど辛いです。

でも、自分で決めたことだから、少しずつ受け入れます。

まだ、留学をすること自体を諦めたわけではありません。

留学をやめたからといって引きこもりにもなるつもりもありません笑

(これからどうするかについても追々書くつもりです)

 

次で最後に出来ると思うので、もう少しだけおつきあいくださいㅠㅠㅠ

 

それでは、また

ぬん

 

 

 

 

 

 

 

留学を諦めた理由(1)

 

こんにちは

ぬんです

 

今回の記事では、

・私がなぜ韓国留学を諦めるという決断をしたのか

ということについて書かせていただきます。

 

つたない文章ですが、読んでいただけるとうれしいです。

 

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昨年(2019年)11月頃から、中国武漢を中心に新型コロナウイルスによる肺炎患者が現れ、ニュースでも徐々に話題にあがるようになりました。

コロナウイルスに関する詳しいことはここでは省略しますが、日本においても2月頃から大きく報道されはじめました。

 

正直2月に入ったあたりの時点では、そうしたニュースを目にしながらも、あまり自分には関係ないことだと考えていました。

実際、2月3日にはビザも取得し、アルバイト先に挨拶をしたりなど、留学に向けての準備を進めていました。

 

しかし、2月中旬頃には日本でも感染が広がりはじめ、ニュースでは連日コロナウイルスに関する話題でもちきりになりました。

加えてその頃、韓国でも大邱で感染者が急増し、状況は日々悪化していきました。

 

この頃から留学に対する不安がうまれました。

毎日コロナウイルスの感染拡大が報道され、マスクは品薄に、除菌用品なども手に入らない

そんな様子を見るたびに不安は大きくなっていきました。

 

しかし、そのように毎日悪化していく状況のなかでも、「それでもいけるだろう、大丈夫だろう」と自分の中で言い聞かせながら過ごしていました。

ニュースを見るたびに不安で吐きそうでした。

それでも諦めたくない、そう思ってなんとか自分を保っていました。

 

突然ですが、私は今東京で一人暮らしをしています。

留学中、下宿している部屋は契約したままのつもりだったので、韓国へは持って行かない貴重品を持ち帰ったり、また留学前に終わらせておかなければいけない用事を済ませるために、2月21日から実家に帰省をしました。

 

もちろん、実家でもテレビをつければコロナに関するニュースが流れていました。

実家に帰ったことで、私の不安はさらに大きくなりました。

私を心配する両親の姿を目の当たりにしたからです。

 

口にはしないけれど、行ってほしくない、そう思っていることは分かりました。

同時にこれまで私が準備してきた姿を見ているからこそ、行かせてあげたい、応援したいと思ってくれていることも伝わりました。

 

実家に帰っている5日間で、韓国での感染者数は1,000人を超えました。

それでも行きたい、そう思いながら、一人で東京に戻りました。

 

1人になって、色々と考えました。

留学には行きたい 

でも、本当に今行くべきなのか

今行ったとして、期待したような留学生活は送れるのか

行かなかったら、わたしどうしたらいいの?

これまでの準備はどうなるんだろう

こんなにも親に心配をかけて、それを振り切ってまで行くのか

 

これ以外にも、本当に色々なことを考えました。

それでも、最後には、

自分の人生なんだから、行きたいなら行こう

渡航禁止 そう言われるまでは絶対に行こう

そう結論を出して、覚悟を決めたつもりでした。

 

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少し長くなるので、一旦ここまでにします。

 

続きはまた、「留学を諦めた理由(2)」としてまた更新します。

 

 

それではまた!

 

ぬん

 

次の記事はこちら↓